近自然森づくり協会/研究会
kinshizen forestry association / society
ABOUT SWISS FORESTRY - Rolf Stricker
フォレスター「ロルフ・シュトリッカー」
2010年から毎年日本に招聘されている、ロルフ・シュトリッカー氏(以下「ロルフ」)の経歴を解説。ここに、近自然森づくりとは何か、が垣間見えます。
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スイスの森林管理制度では、公有林・私有林問わず国内の全ての森林がフォレスターの管理下にある(市町村はフォレスターを雇用しなければならない)。国の森林面積の2/3を占める公有林(ほとんどが市町村有林で、一部が州有林)はフォレスターにより林業経営が行われ、私有林では森林所有者はフォレスターにアドバイスを求めたり、経営管理の一部/全部を委託することができる。役場の林務行政と森林組合と県の林業普及指導員の機能が融合したような職業だ。
チューリッヒ州バウマ村でフォレスターを務めるロルフは、約 30 年にわたり村内の森林 850ha の管理を担ってきた(スイスの公務員には異動がない)。彼の担当区は私有林が 95% で所有者が 300 人以上(半数は村外所有者)という小規模所有形態であり、自立した林家がいないことから、自宅用に薪などを採る以外は、多くの所有者が彼に林業経営を委託している。
森林所有者はフォレスターの許可がないと木を伐ることはできないが、逆にフォレスターが提案する集約化も含めた施業プランを所有者は拒否することができる。したがって、公有林が少ない担当区では年間事業量を確実に確保することが難しいので、ロルフは自分では作業班を持たず、村内外の林業会社に作業を発注している。
フォレスター制度の下では、フォレスターと森林所有者、納税者、そして作業班との意思疎通が重要となるが、フォレスター養成課程ではコミュニケーションが徹底的に叩き込まれるのに加え、作業を外注する場合には、随意契約により同じ事業体に継続して発注することで、説明の手間暇を減らすと同時に仕事の質も高めている。これは、多少値段が高くとも質の良い仕事をする事業体であれば、所有者や納税者にとっての 費用対効果が結果的に高くなる(利益となる)という考え方に基づいていて、その代わりにフォレスターには高度な説明責任が求められる。
合理的で実際的なシステムをとるスイス林業であるが、高い人件費(日本の 1.5 倍〜2 倍)、急峻な地形と不十分な路網、痩せた土壌、ドイツ・オーストリア・北欧などの林業大国との競争、といった厳しい条件から、全体では産業としては成り立っておらず、木材収入だけではなく、防災や生物多様性、レクリエーションといった公益性を高めるための公的資金活用や、土木、造園などの林業以外の収入を兼ねながら森林管理を継続してきた歴史をもつ。
ロルフが 1990 年にフォレスター職に就いた時も、スイス林業はまだまだ厳しい冬の時代であった。彼が着任してまず考えたのは、今拠出されている補助金がいつまでも続くという保障はなく(この予測は 2005 年に現実のものとなる)、「持続経済林」を育て、将来に引き継いでいくために、今から手を打っていかなければならない、ということであった。
彼がまず始めたのは、自分の担当区の強みを見つけること。チューリッヒ州の中でも地形が複雑かつ急峻な地域のため、生産コストの削減に限界があり、どこにでもあるモミやトウヒだけに林業の将来を託すのは非現実的と判断。そして担当区にナラの適地が多いことに目をつけて、モミ・トウヒの単純林を択伐と天然下種更新を基本とした針広混交林に誘導する施業を積極的に取り入れている。
ロルフが育てる森は、成長力が高く、様々な大きさの様々な樹種が混ざり、明るくて気持ちの良い森。それは環境貢献だけではなく、様々な商品をいつも在庫としてストックすることで、経済性でも安定していることを意味する。このように自然に近づくことで自然の力を最大限に活かし、投入コストを抑えることで「環境も経済も」を目指す森林管理の考え方を、Naturnaher Waldbau(独)close to nature forestry(英)近自然森づくり(日)と呼んでいる。
中欧の近自然森づくりでは結果的に多層の針広混交林となり、林業として多様な種類の樹木を扱うことになるので、売り方にも工夫が必要となる。ロルフの担当区ではハーベスタ 20%、トラクタウインチ 60%。架線 20%の割合で、年間に択伐だけで 7,000〜8,000 m³の生産を行っていて、これは担当区の成長量の中に収まるようにコントロールされている。日本のような常設の競り(木材市場)はなく、丸太は近隣の製材所に直納するのが基本だが、ロルフは針葉樹の品質の良いものは遠くベルン州の木製サッシ工場に、広葉樹は仲間と銘木市を開いてヨーロッパ中のバイヤーに販売するなど、高いものは遠くに売り、安いものは近くで消費する(村にチップボイラーを導入して熱利用)を原則に、生産の合理化と販売・利用を組み合わせた様々な取り組みを行っている。
ロルフの担当区から生産される木材の内訳の現状は、材積で針葉樹:広葉樹 = 3:1、売上で 2:1 である。経営目標は、材積の比率を変えずに、売上の比率を1:1に持っていくことだと言う。つまり、これまでのやり方を180°一気に方向転換するのではなく、今ある資源で食い繋ぎながら石橋を叩くように少しずつ変えていく、スイス人の伝統的な「変え方」がここにある。
彼の担当区の森林所有者は、フォレスターに林業経営を依頼すると、現状では平均で 1,000 円〜2,000 円/m³の収入を得ることができる(未成熟な若い森では収支がほぼゼロになることもある)。これが多いか少ないか? しかし、この収支には、再造林や道路管理など森林管理に必要なすべてのコストが含まれていると考えたら、そして、将来も択伐で数年〜十年に1回この収入を恒続的に受け取れる美しい森を、後世に残していけるとしたらどうだろうか?
スイスのフォレスターの一般的な定年は65歳。異動が無いとはいえ、課題となるのは森林管理のバトンタッチだ。森づくりは1世代で完結するものではなく、時代のニーズや気候変動などと向き合いながら何世代にも渡る取り組みが必要である。森林管理の責任が属人的なスイスでは、フォレスターの世代交代は森づくりの方針の継承という意味ではリスクとなりうるが(そのかわり、フォレスターの技術レベルは高等職業訓練により担保されている)、同時にそれが多様性となるという考え方もある。このことに対してまだ答えは出ていない。
ロルフはあと11年で定年を向かえるが、まだ自身の考える森づくりは完成しておらず、彼の代にそれを達成するのは無理だという。だから、定年までに次の代に説得力をもって自分のやってきたことが伝わるようにしたい(そういう現場をこれからも作っていきたい)とも語る。
日本とスイスは違う。しかし、私達が山と向き合うときに必要な多くのこと(着眼点や考え方)を、明確な言葉をもって教え、励ましてくれるロルフの存在は、私達にとってかけがえのないものとなっている。
2018.6.27(2018.12.5 追記)
近自然森づくり研究会 事務局